
アグネスタキオンは1998年社台ファームにて生まれました。父は、12年連続のリーディングサイヤーのサンデーサイレンス。母は、桜花賞を無敗で制した名牝アグネスフローラです。アグネスタキオンは、現役時代、無敗で皐月賞を制しましたが屈腱炎のため、わずか4戦で引退しました。しかし、出走レースは、わずか4戦でもアグネスタキオンは、今でも心に残るレースを我々に残してくれました。
アグネスタキオンが、強さをまざまざと見せてくれたレースの1つ、2歳時のラジオたんぱ杯では、わずか2戦目で後の日本ダービー、ジャパンカップを制したジャングルポケット、NHKマイルカップ、ジャパンカップカップダートを制したクロフネに完勝したレースは、今でもとても印象に残っています。
タキオンとは光速を越える粒子を意味します。その名の通り、アグネスタキオンは他のどの馬よりも速くゴールし、底を見せることなく早々と現役を去りましたが、アグネスタキオンは、幻の3冠馬と言われ競馬史上最強馬の呼び声が高いのもうなずけます。アグネスタキオンは、引退後は社台ファーム総帥吉田照哉氏の強い要望で社台ファームで繁殖生活を送っています。全兄にダービーを制したアグネスフライトがいます。
〜アグネスタキオン、エピソード〜
以下、ウィキペディアより引用
○実はアグネスタキオンの額には小さな角があり、出生当時は伝説の一角獣ユニコーンが降り立ったと静かな噂になっていた。
○全兄アグネスフライトが日本ダービーを制した時、厩舎スタッフは「弟にもっとすごいのがいるよ」と言っていた。しかし同馬の主戦騎手である河内洋は後に、「ダービーを制して、最高の栄誉を手に入れたのに、未勝利の馬のほうが評価が高いのはおかしい。」と言っていた。しかしその垢抜けた馬体や図抜けた賢さ、名馬独特の圧倒的なオーラを当時から感じていたと、育成時代のスタッフは語っている。
○武豊がフランス遠征中に、地元関係者から「日本で今強いのはなんていう馬なんだ?」と聞かれたところ、「アグネスタキオンが強いと思う。」と答えた。すると「それは牝馬なのか?」と聞かれた(アグネスとは女性に良くある名前であり、フランスではアニスと読む)。
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